カテゴリー別アーカイブ: ひでペンの生態

新年のご挨拶

皆さん、

新年明けましておめでとうございます。

ひでペンです。

 

ジモモ ペナン

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マレーシアでは、一月一日という、

日本では厳粛で重要な一年の始まりの日が

休日でない企業、団体も多く、

ペナン移住 19年目を迎えた ひでペンにとっても、

いまでも違和感です。

 

とはいえ、盛り上がり方が、

旧暦新年やハリラヤといった祝日より

派手ではないのが、「ちょっとさびしい感」

というだけですね。

 

今年は、どんな年になるでしょう。

皆さんはどんな目標や予定をお持ちでしょうか。

 

今年は挑戦の年になる事が決まっている

ひでペンから、

新年のご挨拶でした。

 

ありがとうございます。

 

それでは。

 

 

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国際結婚ってどう? -2

こんばんは、

ひでペンです。

 

ジモモ ペナン

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前回、

「国際結婚したカップルは、

たいていの場合、

相手の文化や習慣、

思想をお互いに尊重する、

という姿勢の上に成り立っている」

と書きました。

国際結婚ってどう? -1

 

ひでペンと嫁の場合、

お互い単純だからなのかもしれませんが、

「尊重されてるなあ」と相手に感じさせた理由が、

拍子抜けするぐらい簡単でした。

 

それは、言語

 

嫁は、片言の日本語

独学で習得していました。

 

ひでペンは、

ろくすっぽ通じもしない中国語普通話と、

ペナンの華人のほとんどが話す福建語を

面白半分で話しました。

 

これだけなんです。

びっくりするくらい単純です。

 

嫁の日本語は、

世界共通で行われる

日本語能力試験 3、4級を、

娘を妊娠中に同時取得後、

ほぼ使われず。

 

ひでペンの中国語、福建語は、

もともと発音がテキトーな事から、

よく誤認されるので、ほぼ封印。(笑)

 

つまり、きっかけに使われたきり

されど、それがなければ

今の関係に到っていなかったかもしれない。

 

・・・

 

娘の第一言語が英語である様に、

実用されている言語は英語。

当時から会話はやっぱり英語でした。

 

でも所詮英語は、

(インド人を除く)ほとんどのアジア人にとって、

よそから伝わった「意思疎通のツール」。

 

だけれども、「感情を動かした」のは、

それぞれの起源にもっと近い言語を

相手が使った、という小さな事実。

 

相手の文化や習慣、

思想を尊重するという事。

すごく単純なことでありながら、

国際結婚に限らず、あらゆる人間関係において、

やはりすごく重要な事ですね。

 

それでは。

 

 

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国際結婚ってどう? -1

こんばんは、

ひでペンです。

 

ジモモ ペナン

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プロフィールに書いていますが、

ひでペンは国際結婚しています。

 

日本人のひでペンが、

マレーシアのペナンで、

ペナン生まれペナン育ちのマレーシア華人の

嫁と知り合い、結婚に到ったのです。

 

「ダーリンは外国人」という人気シリーズがありますが、

嫁にとって、

ひでペンが「外国人の彼であり、現在は夫」な、

わけです。

(「ダーリン」の称号は娘にとられてしまいましたがlaugh

 

・・・

 

トピックのタイトル「国際結婚ってどう?」は、

ニュアンスはバリエーション豊かながら、

ひでペンは、日本人の友人によく聞かれ、

マレーシア人の友人にはほとんど聞かれない質問です。

 

一方、嫁の方は

マレーシア人の友人

よく聞かれるそうです。

 

それはつまり、

国際結婚そのものに対する興味というより、

「自分と、国籍や習慣が違う相手」

が興味の対象になっていると推測できます。

 

このトピック、いつかは書こうと実は考えていましたが、

「こんな話題を読みたい人いないんじゃないか?」

というより、

「読みたい人がいなかったら、

ひでペン自身ががっかりするんじゃないか?」

みたいな葛藤があったのです。

 

でも、

そこは考え直して、ジコチューとなり、

「ドキドキ!プリキュア」の皆さんからの攻撃を

ビシバシと受けながら書きます。

(Mではありません。・・・ではないと思います)

 

・・・

 

日本人にとって、

旅行であれ、留学や就業であれ、

海外に行くというのは

「ガイジンさん達がたくさんいるところに行く」

だと思います。

 

でも実はこの考え方、本来逆で、

「自分が外国人と呼ばれる場所」に行く、

というのが正解です。

 

別に、

「だから郷に入りては郷に従え」みたいな事を

言いたいのではなく、

「自分がガイジンの中にいる」から、

「自分はガイジンとして見られている」

という立場を代えた視点を持つ事が、

海外で、国籍や習慣の違う人たちと仲良くする、

まずは基本です。

 

だからと言って、

日本人としてのアイデンティティーを

捨て去ってローカルに馴染んじゃえ、

というのも違います。

 

よく言われる事ですが、

東南アジアには親日家が多いです。

アジアで随一の先進国である日本は

憧れの対象でもあるのです。

 

これが何を意味するかというと、

自分が今身をおく事になった海外の国にあって、

ガイジンの自分は、日本という憧れの国から来た

特別な存在と見られている、

という事です。

 

そして、

その特別な目で見られる状態に置かれた日本人が

どういう態度をとるか、で、

その後の関係がズバリ決まってしまうんです。

 

実は、ひでペンの身近なところで、

同じ様に国際結婚したカップルは増えています。

その方たちを見て共通点だな、と思うのが、

上記の問い「どういう態度をとるか」に現われています。

 

その答えはですね~。

 

 

 

 

相手の文化や習慣、

思想を尊重する

です。

 

繰り返しますが、

「郷に入りては郷に従え」的な話では全くありません。

 

相手は、ガイジンとして特別な存在である自分を

尊重します。

そこでふんぞり返ってしまうのではなく、

こちらも相手を尊重する。

普通に考えれば、国際的な関係に限らず、

どんな人間関係でも基本は同じという事になるわけです。

 

ひでペンと嫁の場合、

何が相手に、

それぞれ「尊重されている」という感覚をもたらしたか、

という実例について、次回書こうと思います。

国際結婚ってどう? -2

 

それでは。

 

 

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父の日はどんな顔で

こんばんは、

ひでペンです。

 

毎年6月、第三日曜日の父の日は、

ここマレーシアでも、日本やアメリカと同じで

今年2013年は6月16日です。

 

正式にそう制定されているわけではなく、

祝日でもありません。

 

大型の小売店やレストランなどが

「Father's day special」とかの

プロモーションをうってくる日でもあります。wink

 

・・・というか、

 

ひでペンも嫁も、

「父親いない暦」が30年を超えていて、

それはおそらく、これからも続くだろうから、

ひでペンと嫁にとって父の日は、

関わる事の無い

「小売業のプロモーションの日」

でしかなかった。(笑)

 

かつてのペラ州都タイピン

 

本来は、生死に関係なく

父親を讃え、感謝する日ですが、

小売業のプロモーションとの結びつきの方が強くて、

本来の意義をすっかりおざなりにしていました。

 

・・・

 

ひでペンと嫁には、良くも悪くも

父親像の印象が薄いため、

父親像とはつまり、

模倣するものでもなければ、

反面教師とするものでもない。

 

娘が生まれた時から「創り出すもの」

という位置付けになるわけです。

 

わが三人家族で唯一 生存する父親

(つまり、ひでペン)を持つ娘も、

幼稚園の先生や友達と

「父の日」の話題を持っている頃だと思う。

 

プレゼントとか手紙とか持ってきたら

どんな顔しようか。

 

本音を言えば、

(親が、わが子が生まれてきてくれた事だけに感謝できるように)

「パパが近くにいること」そのものに

感謝できる様な娘になってもらいたい。

そしてその表現は、

なにもプレゼントや言葉でなくてさえ良い。

 

といって、

「プレゼント(手紙)がうれしいわけじゃないんだよ」

なんて、まだ小さい娘に言ったら、がっかりさせちゃうかも。

 

創られかけの父親像はまだ悩んでいたりする。

 

それでは。

ジモモ ペナン

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ひでペン 移住前

こんばんは、

ひでペンです。

 

プロフィールに短く書いている様に、

わたし、ひでぺんは文化的な事が好きです。

はっきり言ってオタクです

 

小中学生の頃はアニメにどっぷり。

高校生の頃は写真バンド

バンドは、ペナンに移る直前1994年までやっていました。

 

最初のパソコンはCPUがインテル80286で、

フロッピー起動のOSがMS-DOS2.0系の頃。

(すっげー時代だsurprise

 

大金はたいて20MBのHDDを付けたマシンで、

DTM(デスクトップミュージック)やゲームにはまりました。

 

新し物好きで、今で言うアーリーアダプターだったかもしれません。

 

 

そんなひでペンの人生に転機が訪れます。

勤めていた会社を30歳直前で辞めて、

1995年、マレーシアのペナンに居を移し、職に就きました

 

ペナンに移ってからの事は、

また別の機会に。

 

それでは。